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札幌高等裁判所 昭和33年(ネ)14号 決定

決   定

宮城県名取郡名取町飯野坂

相原源吉方

抗告人

佐藤たかえ

右訴訟代理人弁護士

杉之原舜一

右抗告人は、札幌地方裁判所室蘭支部が同庁昭和三二年(ノ)第二〇号(本案札幌高等裁判所昭和二九年(ネ)第九四号)調停事件の調停調書につき、昭和三三年二月二〇日にした更正決定に対し、昭和三三年三月二四日に、即時抗告の申立をした、当裁判所は、これにつき、次のとおり決定する。

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は別紙のとおりである。

記録を調査するに、本件更正決定は昭和三三年二月二〇日午後四時四〇分札幌地方裁判所室蘭支部において、裁判所書記官が本件抗告人である佐藤たかえの代理人である森川弁護士に直接交付して送達されたこと、そして、同弁護士が即日右更正決定に対する即時抗告権を放棄していることが認められる。

抗告理由によると、右の抗告権放棄につき抗告人から同弁護士に授権した委任状がないと難じるもののようであるが、同弁護士が本件調停手続の本案であつた当庁昭和二九年(ネ)第四号事件につき控訴人である佐藤たかえの訴訟代理人であつたことはその旨の委任状の存在によつて認められるところであるから、右訴訟が調停に付された後の手続を通じて――従つて本件調停調書の作成された期日においても――同弁護士は抗告人を代理していたわけである。既に調停成立について抗告人を代理していた以上、これに附随する抗告の手続については、別段そのための委任状がなくても、抗告人を適式に代理しえたものと解するのを相当とする。故に、抗告人に対する本件更正決定の送達は、同弁護士への送達によつて適法に行われたものといわなければならす、また、同弁護士のなした抗告人は本件即時抗告権を喪失したものといわなければならない。――ちなみに、抗告理由によると、右の送達および放棄の当時には、まだ調停調書正本の送達が抗告人に対してなされていなかつたとの主張がなされているのであるが、調停調書が調停成立の期日に作成された以上、正本の送達の有無は、その効力に関係がなく、従つて、更正決定をするのに調書正本の送達をまず必要とするものでもないから、かりにこの点の事実関係が抗告理由のとおりであつたとしても、右の結論には影響するところがない。

そうすると、森川弁護士には本件更正決定手続および抗告権放棄につき抗告人を代理する権限がなかつたとの主張を前提として、即時抗告期間経過後である昭和三三年三月四日に至つてなされた本件即時抗告は、当の更正決定自体が果して内容に即する更正の効力を有する裁判といいうべきか否かは別論として、少なくとも、即時抗告の問題としては、有効な抗告権放棄が行われた後になされた抗告として、不適法といわざるを得ない。

よつて、民事訴訟法第四一四条、第三八三条、第八九条、第九五条を適用して、主文のとおり決定する。

昭和三八年一二月二日

札幌高等裁判所第四部

裁判長裁判官 川 井 立 夫

裁判官 臼 居 直 道

裁判官 倉 田 卓 次

抗告代理人杉之原舜一の抗告の趣旨おびよ理由

抗告の趣旨

原決定はこれを取消す

との裁判を求める。

抗告の理由

一、調停調書に違算、書損、其の他これに類する明白な誤謬ある時はこれが更正決定をなし得るこというまでもない。

しかしかゝる更正決定をなし得るのは記録等からみて誤りであることが明白な場合に限られるべきである。

二、本件更正決定により更正された調停調書の部分は更正前と更正後においては全くその法律関係を異にし、記録上からみても更正後の調停条項をあやまつて更正前の調停条項のように書損じたとみることは出来ない。

特に更正前の調停調書は、調停成立の席に直接のぞみ成立した調停内容を確認したはずの調停主任裁判官藤本孝夫によつてその内容のあやまりなきを確認し署名捺印されたものである。もし調停の際成立した条項が本件更正後のような内容のものであつたとすれば、同裁判官が調停調書に署名捺印した際一見その誤りであることを容易に発見し得たはずであり、その誤りを見逃し発見し得なかつたというが如きことは司法の実務にたずさわるものとしてはとうてい考えられないところである。

しかも利害関係人の一人である丸山俊一は更正前の調停条項の趣旨にのつとり、疏第一号によつて明かであるとおり、抗告人から直接移転登記手続を昭和三十二年十二月十六日完了しておる。もし更正前の調停条項に誤りがあつたとすれば、その誤りは丸山俊一にとつては勿論相手方及び他の利害関係人にとつてもその利益に関するところ大であるから、その誤りを放置して丸山俊一がかゝる登記を完了するはずもなく、又相手方その他の利害関係人がかような登記手続がなされることをその当時黙認しているはずのないこというまでもない。

更に本件調停調書記載の請求趣旨によれば、抗告人は中川商事株式会社に対し本件土地につき昭和二十七年四月二十日売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、且これを明渡せとあり、中川商事株式会社がすでになしていた仮登記にもとずき本登記手続をなすべしという趣旨の請求ではない。それ故、本件記録からすれば中川商事株式会社のすでになした仮登記に基き本登記をなすべきや否やについて調停の際全く言及されず、従つてその点については何ら取決めがなされなかつたことを明かにうかがいしることが出来る。本件更正決定は、丸山俊一が佐藤たかえから直接売買による所有権移転登記手続をなすことによつて、第三者に対する関係からして、丸山俊一が不利になることを前記登記完了後気ずき、その不利益をのぞくため一たん当事者間に於て成立した調停条項を丸山俊一に有利なように突如一方的に爾後変更したと推測されるものがある。

調停史上甚だしく不明朗なものを残すものと言わざるを得ない。

三、(一) 本件調停成立の席上係裁判官及調停委員立会のもとで、当事者及利害関係人間に於て異議なく成立した調停条項は、更正決定前の調停調書記載の通りであり、其の席上読み聞かせを受けなんら相違ないことが関係人において確認されたものである。其の後相手方等の代理人である山本松男弁護士が右調停条項では都合が悪いというので、抗告人不知の間に抗告人の代理人であつた森川清弁護士と共に共同して更正の申立をなしたものである。それは札幌地方裁判所室蘭支部昭和三十三年(モ)第六一号仮処分に対する異議事件の本年四月四日口頭弁論期日に於て証人亀田光司のはつきりと証言するところからしても明かである。調停条項の誤謬訂正ではなく全く新たな調停条項の作成と言わねばならない(右亀田証人の供述調書の謄本は後に提出する)。

(二) 本件更正決定については種々疑義がもたれたので、別件で本代理人が札幌地方裁判所室蘭支部におもむいた際、即ち本年四月四日同裁判所に於て、本件調停記録一切の閲覧をしたのであるが、その閲覧の際同記録につき特に本代理人に於て確認しえた事実は次の通りである。

(1) 同記録には更正前の本件調停調書正本二通が編綴されないまゝ二つに折つて差しはさんであつた。

(2) 同記録には抗告人又はその代理人である森川清弁護士が更正前の本件調停調書正本の送達を受けたことを証する書類は存在していなかつた。もつとも、本件更正決定正本一通が本年二月二十日付で山本弁護士及森川清弁護士にそれぞれ送達されたことを証する書面は存在していた。しかし同書類には現在押捺されている「調停調書正本」なるゴム印は存在していなかつた。

(三) しかるに御庁に送付されて来た前記記録を検するに

(1) 先にも言つたように同記録編綴の更正決定正本送達を証する二通の書類に、本年四月四日本代理人が先に実見した当時存在していなかつた「調停調書正本」なるゴム印で押された文字が存在している。

(2) 本弁護人が先に閲覧した際、同記録に差しはさんでいた更正決定前の調停調書正本二通が存在していない。

(四) 以上の事実を綜合してみるに、更正前の本件調停調書正本は本年四月四日以前には適式に抗告人又はその代理人に送達されてないことが明かである。即ちその理由の一つは前記記録には同日までに更正前の調停調書正本が抗告人又はその代理人に送達されたことを証明する書類が編綴されていないということであり、

その理由の二としては、本件調停の関係人は当事者及利害関係人合せて五名であり、関係人から特別余分に正本下附願の無い限り、裁判所としては通常関係人の数だけの正本を作成するものと思われるところ、本件記録によれば、更正決定前山本弁護士に於てすでに正本合計三通の下付を受けておることになつておるのであるから、本年四月四日当時同記録に差しはさんであつた正本二通は、本件関係人に送達するためにその数だけ作成した五通の正本のうち、前記山本弁護士に交付した残りの二通であり、抗告人には当時まで更正前の本件調停抗書正本はいまだ送達されなかつた事実を証明するものであると思われるということである。

(五) 本件調停成立後現在に至る間の諸般の取扱には、良識をもつてしては理解しがたいいくつかの事実がある。例えば

(1) 内容が違法と思われる本件調停調書更正決定申立を両当事者の代理人が共同してなしておるという事実、

(2) しかも内容が違法と思われる更正決定が簡単に裁判所に於て認容されているという事実、

(3) 抗告権の放棄がその代理権限を証する委任状なしに、しかも抗告人不知の間に、抗告人森川清弁護士によつてなされているという事は、通常弁護士としては理解しがたいという事実、

(4) 前記のように更正決定正本送達を証する書面に本年四月四日後において新たに「調停調書正本」なるゴム印が押捺されているという事実、

(5) 本年四月四日当時本件記録に差しはさんでいた二通の更正前の調停調書正本が、現在存在しないにかゝわらす、右二通の正本をいかに、処理したかを証する書面が本件記録に編綴されていないという事実、

等である。

(六) 本件抗告についてはその申立が抗告期間後になされたか否かがまず手続上問題となるのであるが、すでに述べたように更正前の本件調停調書正本が少くとも本年四月四日まで抗告人又はその代理人に送達されてないことが明かである。この点について単に本件調停調書に現在表示されているところからのみ形式的に事を判断することなく、事の真実を究明しその上に立つて審理することが、司法の公正を期するゆえんと考えるものである。裁判に対する国民の信頼をいさゝかでもきずつけるが如きことのあつてはならないこと、本代理人がいうまでもないところである。

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